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2016年10月15日 (土)

私の実りの秋は消えてしまった!

 残暑厳しい9月でも確実に秋の気配がありました。でも、9月6日で私の実りの秋はなくなってしまいました。本業の障害年金請求代理のことではございませんが。

 実は地元開催の柏崎マラソンと来月開催されるつくばマラソンに参加し、念願の4時間切りを目指して練習に励んできましたが、9月6日自宅からそう遠くない体育館脇の県道陸橋(5mもないような)をランニング中に安全のために路肩よりも30、40cmほど外側を移動したところ、ガードレールもなかったため3メーターほど下のサイクリングロードに飛び降りてしまい、右リスフラン関節脱臼骨折、左脛骨高原骨折で入院してしまいました。24日間で退院できましたが現在も外出は車いす利用で、全治3か月とのこと。

 参加予定だったマラソン大会はおろか1年位は長い距離を走れないようです。

 私がランニングで飛び降りてしまった右側はガードレールがないのに反対の左手にはガードレールが設置されています。入院して間もないころは自分の不注意を悔やんだものですが、警告表示すらない状態のままで知らずに飛び降りた私の不注意だけなんだろうかと思うと腹立たしくなって来ました。 

 それともう一つ残念なことは、今年から始めた米つくりを収穫直前で断念しなければならなかったことです。化学肥料や農薬を使わずに丹精込めたコシヒカリ1反8畝の収穫ができなくなってしまったことです。

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 もともと稲作農家の長男で田植えや稲刈りなどの作業を手伝わされたことがありました。当時は体をすり減らすような重労働ばかりで希望が見いだせず、後は継ぎませんでした。今では大型の機械を使い大規模化していますが、将来展望が見いだせない状況は今も変わらないらしい。減反政策も数年後に消滅、昨年はTPP大筋合意など。

 私が通学した小中学校の周辺は田んぼが多く、夏休みが終わり2学期になると下校時には稲刈り仕事をしている脇を通っていた。稲を天日干しするから稲の匂いもする。この匂いが苦手だった。稲刈りを手伝うと汗がでてくるのは当たり前なのだが、稲の葉はギザギザで擦れると体に染みてくるのだ。仕事の辛さと嫌々やらされているから稲の匂いがすると条件反射的にひりひりする感じが思い出されてしまうからだった。

 そんな私が今年から稲作を始めたきっかけは、委託耕作をお願いしていた親戚の高齢化・健康不安と後継者不在でした。四角くない、面積が小さく、周りが住宅で囲まれているような半端な田んぼも一部あり、それも込みでは引き受け手がいないからです。それが合わせて1反8畝でした。稲作アレルギーも雪、雪国アレルギーと同様になくなったいた私は、どうしたものかと思案していたのですが自分でコメを作って食べてみようと決めました。

 背中を押してくれたのは、近藤康太郎さんの「おいしい資本主義」でした。本業(新聞記者)を疎かにせず、一日一時間だけ農作業の時間を割く「オルタナティヴ農夫」を私もやってみようと考えたからです。朝日新聞の連載記事「アロハで田植えをしてみました」の著者の体験のすべてを書き下ろしたものだそうで、連載されていることは知っていましたが内容を読んだのは本を買ってから。体験のすべてでもこのオルタナティブ農民は栽培法を具体的に教えてくれません。「生きることを”奪い返す”ための哲学」を語る本なのですから。

 初心者向けの実践的な本としては「週末の手植え稲つくり」が参考になりました。著者はフリーライターの女性です。「一日一時間」と「週末」の作業の二本立ての稲作をすることに決めだのです。3月、4月は本業の障害年金請求代理も多忙で、御柱祭も重なり田植えの準備も遅れがちで肥料などの資材調達もしないままでした。

 そのまま日にちが来て田植えまで終えてしまったので、化学肥料をゼロ、除草剤もその他の農薬も一切使わないコメ作りをしてしまうことになったのです。最初は一日一時間プラスα程度でも良かったのですが、隣に耕作放棄田がある小さな田んぼだけはその田んぼの雑草の種が流入するため雑草との闘いが本格化し、とても一日一時間では済まなくなり、週末じっくり時間を掛けても手に負えない状態に落ちりました。取っても次から次と生えて来るものです。その三角田んぼだけに労力と時間を取られその田んぼだけ放置しようかと何度思ったことでしょう。

 7月下旬ころから穂が出始め日に日に穂の数が増え、次第に首を垂れる光景を見ていると苦労が報われるように感じました。9月10日前後には収穫作業を始める予定でいたのですが、冒頭のようなケガで出来なくなってしまったのです。入院生活が落ち着き稲刈りの心配をする余裕ができた頃は雨降りの日が続き、とても機械を入れられるような状態ではなくなり代わりに収穫をしてもらうこともできなくなっていました。もともと重量のある機械が入ることを予定した水管理をしていないから尚更なのです。

 その後一部稲刈りをしていただくことができましたが、大半は収穫できないままの状態です。先日通院する際に隣の市でも収穫しないままの田んぼが車の窓越しに見えました。事情は様々だろうけれど、いずれにせよ勿体ないし痛ましい光景だと感じる人は多いのではと思う。治ったら手を加えたいと思っています。

 現在も両足で立てない状態のままで外出はほとんどしないがしても車いす。でも、デスクワークは全く問題なくできるのが救いです。障害年金請求代理の本業と読書の日々、わき目もふらずに仕事しろと言うお仕置きだと考えています。

 本業の実りは一年中ですからね。

 

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