旅行・地域

2014年7月14日 (月)

7回忌で長野へ

 7月13日の日曜日は義父の7回忌で久しぶりに長野へ出かけた。

台風で出かけるのを止めるかどうするかハラハラしていたけれど影響はなかった。

しかし、目的地の少し南の南木曽町では大規模な土石流被害があった。国道19号を走ると

「読書」という交差点があり、地名が印象的で記憶していたがその辺りらしかった。

 豪雨による被害の経験もあるから大雨の降りそうな時は天気予報を何度も見るし、川の水

量を見に行くこともあるから、このような災害を知ると他人事とは思えないのです。亡くなられ

た方のご冥福と被災された皆様が一日も早く以前の暮らしに戻れるように願うものです。

 

 今回は7回忌と長野の家の草取りや家周りの手入れや親戚へのあいさつ回りもあり、大好

きな安曇野、松本、諏訪、開田高原などにも立ち寄らずに帰ってきました。

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 土曜日の日中は暑くて車の冷房の効きも良くなかったが4時過ぎると木曾は涼しい。夕方木

曾川沿いを散歩。何度も来ているけれどこの道は初めて通った。木曾踊りを踊る姿が堤防に

描かれていたのは知っていたけれど正面から見たのは初めてでした。

 

2011年8月 3日 (水)

長岡まつり・大花火大会初日

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長岡まつり、花火大会初日。

今年はフェニックス花火が真っ先に打ち上げられました。

二日目は例年通り最後の打ち上げとなるようです。

先の洪水の影響で予定通りの開催が危ぶまれたのですが関係者のみなさんの努力で

無事に開催されました。

今朝、早い時間から近隣の住民の方々や夏休み期間中の中学生達が何百人も集まり、

清掃のボランティアを行っておられました。

その光景を見たらフェニックスを見終えた直後の気持ちと同じになりました。

今日も長岡へ花火を見に行こうと思いました。

<動画を追加しました。> You Tubeより

2010年11月17日 (水)

痛ましい安曇野、扇町桜堤の桜

残念の一言ですね。扇町桜堤で検索すると素晴らしい写真が沢山ヒットする有名スポットですが、ここまで切らなければならなかったんでしょうか。

ご存知の方も多い場所ですが、吉永小百合さんはこの辺りでサイクリングロケをしてないからあまり騒がしくもならないだろうし、来春も桜と北アルプスを見に行くのを楽しみにしていたんですが・・・。

信濃毎日新聞のサイトにこの記事がありました。

北アを望む安曇野の名所 桜枝払いで「丸裸」に 11月16日(火)

枝払いをされてほぼ幹だけになった「扇町桜堤」の桜

 安曇野市堀金烏川を流れる新堀堤沿いにある「扇町桜堤(さくらつつみ)」と呼ばれる26本の桜並木が、15日までにすべて大規模に枝払いされて丸裸となった。管理する地元・扇町区が並木の保存、管理のために行ったが、常念岳など北アルプスの山並みも望める桜の名所として知られていただけに、「こんなに切らなくても」と残念がる市民もいる。

 扇町桜堤は1981(昭和56)年に地元有志が植樹し、管理してきたが、メンバーの高齢化を理由に昨年、区が管理を引き継いだ。過去に市観光協会が観光ポスターにしたほか、市もホームページで桜の名所として紹介している。

<略>

 一方、新堀堤の近くに自宅がある元新市将来構想策定委員の木下俊美さん(68)は「安曇野を象徴する景観がなくなり、5年ほど見られない状態。本当に景観が戻るのか不安だ。観光キャンペーンに力を入れている市が、切る前にもっと関与できなかったのか」と話した。

 市観光課は「計画の詳細については聞いていなかった。地元区や土地改良区の土地なのでかかわることは難しい」としている。(信濃毎日新聞)

思わずため息をついてしまいました。その地域の事情もあるのでしょうが、きっとがっかりする写真愛好家が多いことでしょう。

まだまだ桜の名所はあるのですが、それにしても痛ましい姿。本当に5年後までに復活するのだろうか?

2010年9月22日 (水)

病院に何のご用ですか?

先日長野県茅野市の諏訪中央病院へ業務でもなく、また、診察を受けたりするわけでもなく、誰かのお見舞でもなかったのですがお邪魔して来ました。

柿の木の写真、絵、タペストリーなどを見てみたいと思い立ったので、本来のルートをはずれてついつい足を伸ばしてしまったのでした。

4月の上社山出しではこの病院の前をなんども走ったのですが、病院内へ入ったのは初めてでした。病院内の壁に展示されている写真や絵をみせてもらうために病院に入ると言うのはどうなんだろうと考えてしまうのですが、でもこの病院は今年が聞き納めの病院内のコンサートもあったようですし、来週には病院祭り銘打った催しも近々あるようですから私のような行動も大目に見て下さい。

鎌田實先生の色紙も見ることができたし、宮崎さんの撮られた柿の木の写真も良かった。木の下の畑をおばあちゃんが一生懸命鍬を打つ姿も良かったし、キツネが来ている写真は幻想的でもあったし、雪の降った姿も新潟の降り方とは趣が違い、サラッとしているけれど寒さの厳しさが伝わって来るようだった。

安曇野・穂高で見る北アルプスの眺めも素晴らしいが、八ヶ岳を見わたせる茅野市周辺もいいところだと思いました。

病院では写真は撮りませんでしたが、その後に撮ったものを載せます。

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上社木落とし坂から。木落としではこの周辺には櫓も立ち、人で埋めつくされて歓声が飛び交い、ちょうど先頭車両の真下を御柱がくぐりぬけたのでした。

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前回の本宮三の御柱だそうです。

2010年8月21日 (土)

新潟でも御柱祭

地元新潟県でも御柱祭が行われ、諏訪の御柱が立てられていることを知ったのは本年の諏訪御柱祭が終わった後でした。

明日新発田市内で御柱の曳行、諏訪神社で立て御柱が行われるとのこと。今回は秋宮四から太さ一番の一の御柱になるそうだから是非とも見に行きたいと思っていたのですが、都合で行けそうもありません。残念。

今年は更に御柱を盛り上げる「大御幣」が諏訪の氏子さんが寄贈してくださったのだそうです。ますます残念。

地元紙・新潟日報の記事をご紹介させて頂きます。

新発田御柱祭に「大御幣」登場

長野諏訪大社の氏子が寄贈

 22日に行われる「新発田御柱(おんばしら)祭」の盛り上げに役立ててほしいと、長野県諏訪大社の氏子男性がこのほど、新発田市の諏訪神社に「大御幣(だいごへい)」を寄贈した。この大御幣は、同神社に今回建立される「下社秋宮一」の御柱が2004年に引き回された際に飾られていたもので、6年ぶりに御柱と大御幣がそろい、祭りに花を添える。

 御幣は、紙垂れが下がった棒で、神道の祭祀(さいし)で神霊が降臨する依(よ)り代とされる。諏訪大社の御柱祭では、巨木を運ぶ「山出し」の際、木の先に穴を開けて据えられる。寄贈された大御幣は高さ3・3メートルのヒノキ製。先端に「一之宮御用 下諏訪町」と書かれた木札が付いている。

 寄贈したのは長野県下諏訪町の男性(67)。7月に友人らと村上市の瀬波温泉を旅行した際、たまたま参拝に立ち寄った諏訪神社で、自分たちが6年前に引いた秋宮一の柱が保管されているのを見つけ感激。縁起物として譲り受けていた大御幣の寄贈を申し出た。

 22日には、御柱を運ぶ台車に大御幣も据え付けられ、街を練り歩く。男性は「秋宮一が新発田にあったとは知らなかった。これも不思議な縁。御幣があるとないとでは見栄えが違う。喜んでもらえたらうれしい」と話している。諏訪神社の宮司(63)は「こんな大きな御幣は初めて見た。諏訪の人々の御柱への思い入れの強さを感じる」と感謝していた。

 御柱は午前8時に新発田城址公園を出発、正午前に諏訪神社に到着し、境内に建立される。

新潟日報2010年8月21日

後日参拝と御柱の見学にゆくつもりです。

2010年8月 4日 (水)

長岡大花火大会行ってきました。

前回のエントリーの実況中継ですが、二日目は現地で花火観賞しておりましたのでうまくいったかどうかは解りませんが、初日の中継はニューフェニックスの時から配信が止まってしまいました。昨夜は会場で全ての打ち上げを見ることができました。

当日売りの入場券を手に入れるために13時過ぎに会場へ行きました。もっと順番待ちの人が並んでいるのではないか、炎天下で待つこと1時間などと覚悟を決めていたのですが、2番目で買うことができました。

花火会場の入場までに長岡市内の病院を回る予定でしたが、時間に余裕が出来たので昼は宮内方面のラーメン店で昼食をしようと遠回り。

3年ぶりの「いち井」へ行きましたが、2時を過ぎても花火の当日券の順番待ちの何倍の人が並んでいましたので、パスし「青島」へ。ところがこちらも順番待ちの方が見えたので中止。祭りや花火見学の人達で客数も増えているんでしょうか?炎天下で待つ気力と市内の渋滞も予想されるので、次回のお楽しみとなりました。

ちなみに私の活動範囲の中でのお気に入りのお店は、「麺屋あご助」と「きまぐれ八兵衛」です。

さて、肝心の花火です。開始後しばらくの間は風がないようで、花火の煙が滞留するようになり、煌びやかな花火の光が徐々に煙のカーテン越しに見るような状態になりました。しかし、川下の私たちの席がにわかに煙に包まれるようになってからは上空の風向きが良くなり、開始直後の煌めく色合いが戻ってきました。大型の花火がたたみかけるように連続して打ち上げられる様は、圧巻。このまま火の粉が降ってくるように感ずるものもあり、耳からだけでなく体で感じるダンピングの効いた音にもしびれました。

フェニックスは近くで見るとさすがに迫力充分でしたが、私の肉眼広角レンズでは全体が捉えられずにあっという間に終わってしまったと言う印象でした。次回は、もう少し距離を置いて全体を見ることができるような場所を確保したいと思いました。

もう一言、次から次と打ち上げられるスタイルが時流なのでしょうか、また、時間的な制約もあるからでしょうか、できればひとつ位はもう少しゆったりとしたものも見てみたいと感じたのですが、年寄りじみた感想なのかもしれません。

本来ならここで撮影した画像を添えるべきですが、残念ながら見事に撮影失敗でした。

尚、8月14日(土)の20時から、今年もBS11が録画放映をするそうです。

 詳しくはこちらです。

2010年8月 2日 (月)

長岡花火大会開始です。

今夜と明日の夜は、長岡まつりの花火大会です。今夜は遠くからの見物で、明日の夜は、現地からの観賞です。音もまた良いものです。

昨年は初日が土砂降りだった初日をはずした2日目に出かけました。

実は、現地でしっかりと見たのは昨年が初めての経験でした。

昨年のフエニックスの映像です。翌日にどなたかのブログの写真を見たら、最後の鳥は長いくちばしが見えた瞬間を捉えたものでした。今年もう一度捜したのですが見つかりませんでした。

こちらは、実況中継をするリンク先です。

http://www.ustream.tv/channel/hobonichi-live?lang=ja_JP

今年は、諏訪湖の花火も一度きちんと見てみたいと思っているんですが・・・・・・。

2010年5月12日 (水)

社労士受験のころの思い出

本日支部総会が午後開かれるのですが、時間があるので書いています。

私が社会保険労務士に関心を持ったのは記憶違いもあるかも知れませんが、かれこれ20年くらい前です。当時は日本マンパワーさんの通信講座を始めたのですが開始して1月内に諦めてしまいました。仕事も忙しかったし、面白かったですから。

その後ブランクがあって6、7年くらい前から少しづつ勉強を再開するようになりましたが、優秀な人はそれでも合格するのでしょうが、平日30分からせいぜい1時間、休日は数時間の学習時間しかとれない50代の人間では到底合格など望めませんでした。願書は出しても受験しないことが多かったものでした。スケジュールが合わなかったり、一番は実力が伴わないことから辞退しておりまして、連合会さんにはそのころからお金を払っておりました。

古い表現ですが、「なんちゃって社労士受験生」ですと、時たま受けTAC,LECの模試では自嘲気味に自己紹介するしかなかったのです。

直近の受験時代は全て単身赴任時代であり、単身なので自己啓発の意味も含めて勉強していたのです。今なら「名ばかり社会保険労務士受験生」といったところでしょうか。

群馬県高崎市八幡町から長野県上田市に異動。異動を契機に本格参戦することにしました。だいたい勤務は、最低でも11時間。更にプラス数時間が通常でしたので、学習時間5時間をどう確保するかと頑張っておりました。いまでも自分なりに良くやったものだと思っております。電話とか休憩にもならず、トイレに逃げ込んだことも再三でした。TVでやってましたけれど、若いOLの方でお化粧や食事(聞き違えかも知れませんが)などすると言ってましたが、少し理解できるように思えます。

休日は、実家に帰らない時は図書館。上田市の図書館がメインでしたが、時々長野県内の図書館めぐりも気分転換に行っておりました。

今は安曇野市に合併された穂高町の図書館が一番のお気に入りでした。これが正面玄関。昨年の4月いっぱいで図書館だけ移転したようでした。

100501_008 100501_009_2 西側に面した図書館は北アルプスが窓越しに見えるので、勉強の合間にそちらに目をやると山々を眺めることができました。実際には写真よりも山は大きく見えるのですが・・・・・・。

ぼーっとしてしまい、和んじゃって勉強にならないのが悩みでした。近くの碌山美術館まで散歩も良かったですね。

こんな図書館なかなかないでしょう。私が社労士試験に合格できたのもこの図書館のおかげかもしれません。

2010年5月 9日 (日)

諏訪大社御柱祭、事故発生。

私は今回初めて上社御柱祭山曳き、5月2日からの里曳きと、大曲から全てを見ることが出来ました。大きな事故もなく無事に御柱が立つ様を目にして、氏子さんには及びませんが、充実感と寂しさも感じていました。そして、約9時間、60cm四方のスペースから動かず、本宮一の建て御柱を見続けたので正直疲れました。下社の里曳きは次回のお楽しみ、いずれTVで放送されるのを待とうと思っていました。新潟にいても、時々御柱祭のことが気になる私でした。

8日午後5時ごろ、諏訪郡下諏訪町の諏訪大社下社春宮境内で、諏訪大社御柱祭の下社里曳(び)きの「建て御柱」の最中、「春宮一」の柱の先端部分に乗っていた氏子の男性3人が落下し、2人が全身を強く打つなどして死亡、もう1人と、下にいた氏子の男性1人の計2人が軽傷を負った。(信濃毎日新聞より)

たいへん残念です。亡くなられたお二人のご冥福をお祈りします。

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本宮一の建て御柱完了。役目を終え、ロープ伝いに境内に降りて来ます。

2010年4月13日 (火)

御柱祭見てきました。

 今回の下社の山出しではなくて、1週間前の上社山出しです。今年は桜見物より数えで7年に1回の御柱祭を両方密着見物しようと目論んでいたのですが、2週連続参加はかないませんでした。地域の神社の遷座(ご神体の移動の祭儀)のお役目が重なったこともあったためでした。地域の神社の遷座は100年に1度あるかないかのことだそうですから。下社御柱祭は6年後に期待したいと思います。

 さて、上社山出しです。山出し初日の午前中はかなりの雨でしたので、勇んで出かけたのですが、新潟と違いそれほど雨は降らないとタカをくくって行ったたのが間違いでした。晴れるまで車の中で待機、穴山の大曲りから見物開始しました。お清めからは本宮一の御柱に密着見物です。綱を引かせてもらったし、お清めの塩もしっかり掛けて頂きましてありがとうございました。

 本宮一は、木落とし、川越しともに素晴らしい出来映えでした。大曲りは見ることができなく残念でなりません。NHKのBS-HIで放映されましたが1週間経っても感動は色あせていませんでした。本宮一を引き当てた湖南・中洲の氏子の皆さんは100年に一度どころではないらしいとのこと、TVで初めて知ったのですだ、それを聞いたら・・・・・・。本当に良かった。「感謝」と書かれた大旗を見た時は、感激しました。

 事故や重大な負傷者も出ずに山引きは終了したようです、なによりです。木落としの後JR陸橋をくぐる際に最後尾がコンクリートと接触し、ゴツンと御柱が鈍い音をたてた時一瞬人が挟まれたのではと思え、この時が一番ドキッとした瞬間でした。でも誰も挟まれたりはせずケガをしなくて良かった。

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写真は、川越しを終えて対岸に上がってきた瞬間です。 

木遣りの子供たちをはじめ地域の皆さんが参加し、声援を送り、バランスもとりながら皆が力をあわせなければ前に進めないし、10Km以上も曳き続けられない、見ている方も達成感を得られるお祭りだと思いました。

次回6年後も見物に来たいと思います。

でも、里引きは5月にあるしひと月後にまた出かけることにします。

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